医療ツーリズム、世界で急拡大 新興国が誘致競う

10月22日に日経新聞に医療ツーリズム(メディカルツーリズム)についての記事が掲載されましたので紹介致します。

国外を医療目的で訪れる「医療ツーリズム」の市場が世界で急拡大している。主要国の高齢化や格安航空会社(LCC)など安い交通手段の発達により、タイなど新興国渡航の人気が高まる。各国で査証(ビザ)要件を緩めるなど需要取り込みの競争も激しい一方で、地元市民の医療が後回しになるとの批判も出ている。

画像の拡大
米プライスウォーターハウスクーパース(PwC)が2018年に明らかにした調査によると、医療ツーリズムの世界市場は16年時点で681億ドル(約7兆6千億円)だったという。21年まで年率13%で成長が続くと試算している。

16年は世界で約1400万人が移動したとみられ、訪問先はタイ、メキシコ、ブラジルなど新興国が人気だ。医療レベルが比較的高いにもかかわらず、物価が安いため。治療費を含めた旅費は1人あたり約3千~1万ドルで、通常の観光より多い傾向にある。

市場拡大の背景には高齢化がある。50年に4人に1人が65歳以上となる中国などが需要をけん引する。また国内線で成長したLCCが国際線にも広がり、移動が手軽になっている。

誘致合戦も過熱する。タイは「アジアの医療ハブ」構想を打ち出し、官民で取り組んできた。調査会社によると、17年に医療ツーリズムで訪れた人はのべ330万人と世界トップのもようだ。18年には4%増の同342万人の見込みだ。

タイ政府は17年、治療目的の観光客向けに査証(ビザ)の滞在許可期間を延長した。中国など周辺5カ国からの観光客はそれまでより最大76日長い90日滞在できるようにした。バンコクが拠点の富裕層向け私立病院はホテル並みと評される豪華な設備を整え、呼び込みに躍起だ。

近年台頭するのがインドで、訪問者は17年に約49万5千人と15年の2.1倍に増えた。医療機器や医師が優れている割に費用が安いのが一因で、手術費は先進国の2割で済む例もあるという。医療レベルが不十分な近隣やアフリカ諸国のほか、インドの伝統医学「アーユルベーダ」を目的にした欧米や中東の訪問者も多い。

インド政府は医療人材のスキルを高める研修や、外部にアピールするイベントなどに補助金を出している。病院最大手アポロ・ホスピタルズは英語やヒンディー語などが話せない患者のために通訳を置き、母国から付き添う家族のために宿泊先を探すといった手厚い対応をしている。

中東からの旅行者が多いのがトルコだ。地元メディアによると医療目的の訪問者は10年間で急増し、17年に約70万人が訪れた。人気の一つが男性向け植毛で、年10万人以上が治療を受ける。予約までの日にちの短縮や通訳の手配などを官民で進めており、18年には外国人の治療費の一部を付加価値税(VAT)の対象外とした。

欧州ではハンガリーやルーマニアなど東欧の人気が伸びている。メキシコも、医療費が高くなりがちな米国の旅行者を多く受け入れる。

一方で問題点も指摘される。米国の疾病予防管理センターは言葉が分からない国での治療、品質が分からない薬剤に危険が伴うと指摘する。オーストラリアでは17年、マレーシアで脂肪吸引などを受けた男性が帰国後に死亡したと報じられた。

たとえばインドでは医師や病床数が足りず、低所得者層や農村部には十分な医療サービスが行き渡っていない。こうした国民が置き去りにされる中、国外の高所得者が恩恵を受ける医療ツーリズムを批判的にみている個人もいる。

日本政府も医療ツーリズムを成長分野と位置づけ、巻き返しをねらう。ただ、16年の医療滞在ビザ発行は1307件にとどまっている。海外での認知度が乏しいうえ、新興・途上国と比べてコストが高い点が伸び悩んでいる原因とみられる。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO36751950S8A021C1MM0000/